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山本“KID”徳郁が癌で死去。今だから振り返りたい、伝説のベストバウト3選!!

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山本“KID”徳郁という格闘技ブームを牽引し、

国民を熱狂させた伝説ともいえる格闘家が今月18日この世を去った。

 

わずか41歳6ヶ月という短い人生だった。

 

父にレスリングの日本代表で、オリンピックのメダリストでもある都栄氏、

姉にレスリングの元世界女王で、44歳にして現役の総合格闘家の美憂、

妹の聖子もレスリングの元世界女王のレスリングだった。

 

学生時代からレスリング(フリースタイル)に取り組んでいて、

大学時代に全日本学生レスリング選手権で優勝。

 

シドニーオリンピックを目指していたが、

選考会も兼ねた1999年の全日本レスリング選手権の決勝で惜しくも破れ準優勝。

 

オリンピックの道が断念されたことを機に総合格闘技に転向。

 

 

KIDはここからがすごかった!!

 

 

アマチュアの修斗選手権で優勝すると翌年にプロデビューし、

一気にライト級で世界ランク2位まで上り詰める。

 

毎回、緊張感があって最高に興奮したものばっかりだったが、

ここはKIDの特に心に残っている試合を3試合紹介したいいと思う。

 

・2004年2月24日      K-1 WORLD MAX  vs村松武洋

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山本“KID”徳郁のK-1デビュー戦。

修斗の総合から初の立ち技。しかも、総合の練習のみでこのトーナメントに挑んだ。

 

一回戦の相手はブッチ切りの優勝候補で、

前年に魔裟斗ともほぼ互角の試合展開をした村松武洋。

パンチもキックもコンビネーションも隙がなく、経験抱負のベテランにKIDが勝つなんて考えている人なんでほとんどいなかったと思う。

 

ところが、試合が始まると終始プレッシャーをかけ続け、

レスリング仕込みの飛び込みの速さで一気に距離も潰してフックとアッパーの連打。

これが面白いように決まり2RKO。

 

最後はストレートにアッパーでカウンターを入れるなんて、

そんなの専門のボクサーでもできないよ(笑)

2回戦は拳の怪我でリタイヤとなったが、

間違いなくKIDの実力がK-1のリングでも証明された試合になった。

 

 

・2005年12月31日 Dynamite!!   vs  須藤元気

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KIDの通常時であれば65キロ前後で戦うのがベストであったはず。

にもかかわらず70キロのミドル級トーナメントに参戦し圧倒的な強さで優勝。

 

特に決勝では、

「須藤元気が総合力で上回っていて、完封負けもあり得るかも!?」

と思っていたのがKIDの右フック一閃。

 

効いてないように見えたが、

須藤元気が尻餅をついたところにパウンドで畳み掛けて試合終了!

 

リアルタイムで見ていた当時は「止めるのが早すぎぃぃいーー!」

って発狂した覚えがあったけど、改めて見るとこれはしょうがないかも、、、

 

須藤元気がトリッキー&技術で翻弄する前に天性のアテ感で葬った試合でした。

 

 

 

・2006年5月3日 HERO'S 2006 ミドル級世界最強王者決定トーナメント開幕戦 vs  宮田和幸

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HERO'sの世界チャンピオンとして初戦の、オリンピック戦士宮田和幸との一戦。

 

破竹の勢いで勝ちまくっているKIDに、

レスリング力で上回る宮田と非常に見応えのあるカード。

KID自身、全日本選手権で2位の実績があるためレスリング力だけでみると自分より格上との初対戦!

 

相手ほうがレスリングが強いということは、

相手が立ちで戦いたいと思ったらタックルを切ればいいし、

寝て戦いたいと思ったらタックルで転がせばいいわけで、

KIDの打撃が当たらなかったらやられるかも、、、っと思ってたら衝撃の結末!

 

ある意味、大どんでん返し!!!

 

 

 

 

今じゃ少なくなったけど、

当時では大晦日に複数の格闘技番組がやってるいのが当たり前で、

その中でも毎回エキサイティングな試合ばかりだった。

 

KIDの試合見たさに試合を見に行ったこともあるし、

筋トレ始めたり、格闘技を始めたりした。

 

自分の人生で多大な影響を受けた人物であり、

現役半ばで41歳での死は本当に残念でならない。

 

ちょっと頼りなくて、

あんまりイケメンじょないけどここからは後輩の矢地裕介を応援したいし、

少し期待している。